東京都における新型コロナウイルス感染症流行第8波の到来に際して

東京都における新型コロナウイルス感染症流行第8波の到来に際して 

                                                               小野京右 東京工業大学名誉教授 (2022/12/5)

  オミクロン派生株による第8波が東京や東北・北海道を中心に全国的にも拡大しています.幸い第5,6,7波の拡大期に比べ増加率は穏やかです.その理由として,第1に現在の派生型の感染率に対してワクチン接種(抗体により感染率が80%低下するとして,60%の人が摂取しているので感染率は50%に低下していると予想される)により感染率が抑圧されていること,第2に抗原検査キットの普及により早期の自己検査が可能となり,疑わしい場合は医療機関等によるPCR検査が効率的に行われていることが考えられます.

 感染率βと検査・隔離率γの比β/γで表わされる実効再生産数が1以上なら,市中感染者が増加し,1以下なら減少します.よって現在の実効再生産数が β/γ=a > 1とすれば,γを変えずにβをβ’に変えて実効再生産数をβ’/γ< 1 に抑圧するためには,β’ < β/aとなるように,人流抑制とワクチン接種率を高めることが必要です.あるいは,感染率βを変えずにγをγ’にしてβ/γ’< 1とするには,γ’> aγとなるよう検査体制をa倍に強化しなければなりません.第5波から第7波までにおいては,感染拡大初期の日毎陽性者の増加率が常に大きかったのは,デルタ株やオミクロン株の高い感染率に対して検査・隔離率の増加が追いつかなかったためと推測されます.これに対して現在の第8波の感染拡大初期における日毎陽性者の増加率が比較的小さいのは,抗原検査キットの普及により検査・隔離体制が強化されてきているためと思われます.現在陽性率が高いようですが,この理由は以前とは異なり,抗原検査キットが普及し,自己検査により陽性と懸念される人のみが医療機関PCR検査を受けるようになったからと推測されます.

 東京都における新型コロナウイルス感染症対策サイトの「都内の最新感染動向」によると,オミクロン派生株による第6波,第7波は,オリンピック開催に同期して感染拡大したデルタ株による第5波に比べて,日毎陽性者数の最大値はそれぞれ約4倍,8倍に拡大しました.しかし入院患者数の最大値はほぼ同じ値になっており,また人口呼吸器管理が必要となった重症者数は,それぞれ第5波の29%, 14%に低減しています.更に第5,6,7波の期間内における死亡者の陽性者に対する比である致死率はそれぞれ0.42%,0.12%,0.087%と低下しています.2019年のインフルエンザの致死率0.05%に近くなっているのです.このようにオミクロン派生株の人体に及ぼす脅威は顕著に減少しているため,コロナ感染症流行と共存するwithコロナの対策がとられることになりました.今後BQ.1などの派生株の拡大によっても致死率が0.1%以下に維持されれば,ほぼインフルエンザに近い感染症になると考えられます.ただし,当面は4か月ごとのワクチン接種と現状以上の検査・隔離体制は必要でしょう.

 なお毎年,年末・年始期間に感染者が増加し,2021年1月の第3波,2022年1~2月の第6波の拡大の要因になってきました.第8波も2024年1月から感染者が急増する懸念があります.一般に年末・年始における人流の増加が原因とされていますが,むしろ年末・年始の休暇期間に保健所,医療機関による検査数が半減することがその後の感染流行拡大の大きな要因です.これまでこの時期に発熱相談数が増加するので,即座の検査と必要に応じた医療機関への隔離が停滞しないような体制が望まれます.

 筆者は,2020年3月以降の日本におけるCovid-19感染症流行の脅威に直面し,「社会・経済活動の縮小により感染率を低下するよりも,濃厚接触者に対する即座の検査・隔離体制を強化することによって,国の経済力を低下させずに新型コロナ感染症の流行を抑圧できるはずである」との観点から,共同研究者の菊地と共に,感染症流行に対する解析研究を進め,「東京都におけるデルタ株による第5波の感染拡大はオリンピック開催による検査人数の半減が主要因である」ことを数理的に示しました.この数理解析研究の英論文” Numerical Analysis of the Fifth Wave of COVID-19 epidemic in Tokyo, Japan”は,Open Access のInternational Journal of Epidemiology and Health Sciences, 2022; 3(3), e28 (www. Ijehs.com)に掲載されました.その日本語版は本ブログに掲載されています.幸いこの英論文に対する評価はよく,その後現在までに,感染症や健康科学に関するOnline Journal誌への投稿依頼や国際会議での講演依頼が10件来ており,中には国際誌の Editorial board/reviewer への参加要請などがあります.筆者はEngineering Scienceの数理処理法に基づき最も基本的なモデルに基づく科学的解析を行ったまでであり,現在は当初に期待した行動制限のないwith コロナの社会になっているので,なすべきことは終わったと考えています.